びんのなか

想い出話や感想文など。読書メモが多め。ネタバレだらけです。

人形の家

 時期的にはクリスマスのお話。子どもの頃に何度も読んだ本です。あまり内容は覚えていませんでしたが、気持ちがザワザワするような感覚に陥った記憶があります。読み直して、何となくその理由がわかった気がしました。

 

 

 現在の私の心理状態を表わしたかのような、まとまりのなさ。いつも以上に読みづらいかと思います。とにかく長いです。

 

■□ 登場人物 ■□

▫ トチー

 主人公。小さなオランダ人形。一文で売られていた(翻訳の関係もあり、よくわからないが、とても安価であったらしい)。木製でかなり良質な木材で作られている。恐らく伝統工芸品。100年くらいの時間を過ごしている。聡明で、己のことをきちんと理解している。人形一家では長女役。

 エミリーとシャーロットのひいおばあさんと、その妹ローラ大おばさんのもとにいた。

▫ プランタガネットさん

 人形一家のお父さん役。元はせともの製の男の子の人形だったが、前の持ち主の乱暴な扱いのため、原型をとどめないくらいボロボロになっていた。エミリーとシャーロットによって、現在の「おとうさん」風の人形にリメイク(?)された。

▫ プランタガネット奥さん

 人形一家のお母さん役。セルロイド製。元はクラッカーに付いていた人形。通称ことりさん。小鳥の羽根のようにフワフワしている。あまり賢くはないが、陽気でいつも楽しそうにしている。

▫ りんごちゃん

 人形一家の弟役。フラシ天でできた男の子。恐いもの知らずのわんぱく坊や。子どもの親指ほどのサイズでとてもかわいい。

▫ かがり

 犬。つみ取った羊の毛でできているが、背骨の部分がかがり針になっているため、触る時には注意が必要。ちくん、ちくん、と鳴く。

 

▫ マーチペーン

 子ヤギの皮とせとものでできた高級な人形。とても美しい容姿をしているが、心根は非常に醜い。傲慢で常に他者を見下しており、その強い精神力はトチーたちの願いを凌駕する。

 ローラ大おばさんの娘の人形で、トチーとともに<人形の家>にいた。

 

▫ エミリー

 現在のトチーたちの持ち主。基本的には分別があり、頭の回転のよい女の子。妹に対して独善的なところがあり、妹の意見に耳を貸さないことがある。

▫ シャーロット

 現在のトチーたちの持ち主。エミリーの妹。優しい性格。姉に比べておっとりしている。

▫ イニスフリーさん

 人形にも理解があるおばさん。エミリーたちの助けになってくれる。

 

■□ 物語 ■□

 オランダ人形のトチーは、エミリーとシャーロットの姉妹の人形遊び<プランタガネット一家>の一員として過ごしている。一家の最大の悩みは家がないことであった。

 トチーはその昔住んでいた<人形の家>の話を、プランタガネットさんたちに話す。その家はたいへん素晴らしいもので、みんなそんな家に住むことを夢見ていた。

 ある日、エミリーたちの大おばさん(<人形の家>の持ち主だった人)が亡くなり、遺品が親戚によって整理されている時に、件の<人形の家>が見つかる。ちょうど人形遊びをする年頃のエミリーたちのもとに、その家は届けられたのだった。しかし、家は長い時間経過のためにボロボロになっていて、とても人形たちが住めるような代物ではなくなっていた。しかし、姉妹とお母さんはそれを丁寧に洗い修繕する。それでも、家具の一部はどうしようもない状態になっていた。

 イニスフリーさんが訪れた時、トチーを見て展覧会に出すことを提案する。エミリーとシャーロットは家具の修繕に使うお金が必要だったので、トチーを有償で貸すことにする。しかし、このことは<してはいけないこと>であることに気付き、二人はイニスフリーさんにお金を受け取らないことを伝える。イニスフリーさんは、二人の気持ちを受け止め、家具の修繕に力を貸してくれるのだった。

 大おばさんの家では<人形の家>とともに美しい人形<マーチペーン>が見つかっていた。こちらも汚れていたため、クリーニング店できれいにしてもらう。そして、この人形も展覧会に出されていた。

 展覧会にはありとあらゆる世界中の人形が展示されていた。トチーはその中で、かつて同じ家にいた因縁の相手マーチペーンと出会う。マーチペーンは変わらず意地悪で傲慢で、トチーに嫌味を言う。そして、展覧会を訪れた女王陛下はトチーを見て「買いたい」と言い、それをマーチペーンはひどく妬む。一方、トチーはエミリーたちが自分を「売らない」と決めてくれたことに、この上なく喜んでいた。そして気分が昂揚していたトチーは警戒心が薄れていたため、うっかり他の人形たちに<人形の家>のことを話してしまう。当然マーチペーンもそれを聞いており、<人形の家>は本来は自分のものであると主張する。そして家を奪ったトチーに憎悪の念を抱き、必ず家は取り返すと宣言するのだった。

 展覧会が終わり、トチーはエミリーたちのもとに戻る。家具もイニスフリーさんの協力で見違えるようによみがえり、<人形の家>は一家の希望通りのものになっていた。そして、クリスマスプレゼントも人形たちの願いが叶ったものばかりであった。

 幸せな時間は長くは続かなかった。マーチペーンがエミリーたちの家ににやって来たのである。エミリーは展覧会で見た時から美しいマーチペーンが気に入っていて、あっという間に人形遊びの中心となる。シャーロットはマーチペーンのことはあまり気に入っていなかったが、姉の言うことに従わないわけにはいかなかった。このため、プランタガネット一家の<人形の家>は、もはやマーチペンの家になり、人形たちはマーチペーンの使用人となる。

 マーチペーンの悪しき願いが最悪の事態を引き起こす。りんごちゃんがランプに近づいたのだ。ことりさんが身代わりになったためにりんごちゃんは助かるが、セルロイド製のことりさんは消滅してしまう。シャーロットはショックを受け、エミリーはようやく自分の間違いに気づいて、マーチペーンを手放すことにする。

 マーチペーンは博物館に寄付されて満足している。そしてうぬぼれはますます増幅していく。一方のプランタガネット一家はことりさんがいなくなった寂しさを抱きながらも、再び穏やかな日々を過ごしているのだった。

 

■□ 感想 ■□

 人形たちは物理的に何かができるわけではなく、「願う」だけです。その願いが、人の心を動かし、自分たちの望みを叶えるのです。実際、トチーたちは一生懸命「家が欲しい」と願い、叶います。それは考えようによっては、人形に取り憑かれるともいえるのかもしれません。特に、マーチペーンに魅入られたエミリーはマーチペーンの願いを次々に叶えていきます。

 マーチペーンの邪悪な思念が引き起こした事件で、プランタガネット一家の面々は「動き」ます。ただ一人「動かない」マーチペーンにエミリーは初めて嫌悪感を抱きます。本来動かないのが自然なのですが、動くはずのないものがマーチペーンを除いて動いたために不自然なものになっていたのです。それはことりさんが消えてしまったという事実があるから。このあたりの流れは読んでいてかなりドキドキしました。実際に「音」が聞こえるような気がしました。ちりん、ちりんというオルゴールの音が。

 面白いなと思ったのは、人形遊びは人が人形を操って遊ぶわけですが、実際のところは人形が人間に思念を送って人間が操られている(?)点です。結局最後は、トチーたちの願いが叶い、マーチペーンは追い出されます。個人的には燃えてボロボロになって捨てられてしまえばよかったのにと思いましたが。恐らく子どもの頃に読んでザワザワしたのは、ことりさんが犠牲になったにも拘わらず、「悪」の存在であるマーチペーンが罰せられなかったところでしょう。

 マーチペーンは邪悪な存在として描かれていますが、人形遊びで役割が変わることはよくあることです。また、子どもの心は特に移ろいやすいので、エミリーが間違っているとも思えません。今まで持っていた比較的平凡な人形より、新しく手に入れた美しい人形を主人公にすることもおかしいことではないはずです。もちろん、もとからいる古い人形たちにとっては悲しいことですが。そして、<人形の家>自体がもともとマーチペーンのものであることは事実のようなので、マーチペーンが家を取り返したいと考えるのも当たり前だと思います。なので、性格が悪すぎて好きになれませんが、彼女が「悪」というのもちょっと違う気がします。

 この本を読んで印象的だったのは「物を大切に扱う」ということです。トチーはとても大切にされていて、マーチペーンと違って代々ずっと愛されてきました。そのため、とてもきれいな状態で「長生き」しています。それは質の高いものだったこともあるだろうし、またそれが大切にされていたこともあると思います。一方のマーチペーンはトチーより遥かに高価で立派なつくりの人形です。けれども、持ち主に忘れ去られたために、物置きに放置されて薄汚れてしまっていました。家も同様です。こちらもかなり価値のあるものでした。だからこそ、マーチペーンも家も捨てられなかったのです。それらはまた手を掛ければ美しくよみがえります。確かに、良いものは長持ちするし、思い入れがあれば修理してでも使います。人形の家を修繕していく様子は、非常に共感できました。

 長い長い時間を過ごしてきたトチーには悲しい思い出もたくさんあるはず。それでも、悲しいことはいつかは終わって、また幸せな時間が必ず来ることを、トチーは知っているのです。エミリーとシャーロットが大人になって、持ち主が彼女たちの子どもに変わっても、トチーはそのまま。人間と違って成長することがなく、変わることもできない人形たちにとって、「今ある幸せ」がとても大切なものなのでしょう。

 

 正しいこと、間違っていること、よいこと、悪いこと、変わるもの、変わらないもの、そういったことが人形たちに起きた事件を通して描かれていました。あらためて読み直すと奥深い内容ですね。本の説明書きに「美しい物語」とありますが、本当にそうだと思います。なんというか、頭の中で美しい映像が再生されていく感じです。アニメーションというよりは、実写映画のイメージ。久し振りに読みましたが、やっぱり好きだなと思いました。

 

 ここまでお読みくださった方、お疲れさまでした。そしてありがとうございました。