びんのなか

想い出話や感想文など。読書メモが多め。ネタバレだらけです。

十二国記(7)丕緒の鳥

 エピソード5です。刊行順でいうと2番目に新しいため違和感がありますが、全体の流れでいうとこの位置が妥当なのかと。ホワイトハート版「風の万里 黎明の空」のあとがきを読むと納得できる内容の短編集。シリーズ本編が為政者側視点なのに対して、この短編集は特別ではない人々の視点で語られています(といっても所謂一般人でもないですが)。

 

■■ 丕緒の鳥(慶/陽子の登極後)

 丕緒は新王即位の礼で行う大射のための陶鵲製作を任される。大切な者を失い抜け殻となっていた彼には、まったく案が浮かばなかった。そして思い出すのは前王により殺された相棒のような存在だった工匠、蕭蘭だった。丕緒は蕭蘭がずっと現実から目を逸らし続けていると考えていたが、本当は彼女は何を思っていたのだろうかー。丕緒と彼女の弟子であった青江は彼女の思いを辿りながら陶鵲を製作していく。

 

□ 登場人物

▫ 丕緒(ひしょ)

 主人公。羅氏(陶鵲(儀礼で射る鳥を模した的)のデザインを担当する役人)。位は高くないが国官。数代の王に渡り、さまざまな技巧を凝らした陶鵲を生み出していた。王に陶鵲に込めた意図が届かないことに絶望していたが、陽子の言葉に救われる。

▫ 蕭蘭(しょうらん)

 非常に優秀な羅人(羅氏の指示により陶鵲を実際につくる職人の長)。陶鵲製作に没頭することで現実逃避していた。女性であったため、予王の犠牲者に。

▫ 青江

 現在の羅人。蕭蘭の弟子。丕緒が陶鵲製作をしなくなったことを憂えている。

▫ 祖賢

 射鳥氏(陶鵲の企画担当者。羅氏の上司にあたる)。丕緒に陶鵲製作の知識を叩き込んだ人。悧王乱心の犠牲者。

▫ 遂良

 現射鳥氏。自分の業務内容を理解していない。丕緒に丸投げ。

 

□ メモ

▫ 景王について

悧王(在位68年)・・・丕緒が羅氏となった頃の王。突然暴君となった。

薄王(在位16年)・・・権力に興味なし。贅沢三昧。

比王(在位23年)・・・権力を振りかざすことが好き。

予王(在位6年)・・・国中から女を消そうとした。

* 悧王の後が薄王だったのかどうかは不明。丕緒が官吏になったのは悧王の即位10年後くらい。現時点で丕緒が官吏になって百数十年ということは、悧王と薄王の間に1人か2人王がいた…?あるいは王不在の時期が全体としては結構長かったのか。

 いずれにせよ陽子の前に3代続いたという無能な女王については判明した。

 

□ 感想

 陶鵲の描写がとにかく美しい。射られて砕けてしまう儚いそれは、蕭蘭と少し重なりました。蕭蘭の容姿について特に描写がなかったのでよくわかりませんが、なんとなく繊細なイメージの女性でした。丕緒が蕭蘭の一面だけしか見ていなかった、ということに気付いた時にはもう彼女が存在しない。それが切なかったです。

 予王は繊細で傷つきやすい女性です。そんな彼女が発した常軌を逸した命令は、非常に恐ろしく不気味でした。その前の薄王や比王も大概だったみたいだし、慶で女王に対する不信感が蔓延っていても仕方がないかもしれません。

 予王には届かなかったメッセージも陽子なら受け止めることが出来ると思います。

 

 

■■ 落照の獄(柳/「風の万里 黎明の空」のちょっと前くらい?)

 極悪殺人鬼の狩獺が捕らえられた。彼は8歳の子どもから桃を買う小遣いを奪うためだけに凶行に及んだのだ。しかも十分な所持金があったにもかかわらず。彼には余罪が山ほどあり、16件の犯行で23人殺していた。

 現劉王によって死刑が廃止されているが、世論は死刑制度の復活を求めている。彼のようなケダモノは死刑以外ありえないと。

 司刑である瑛庚は最終的に狩獺に裁きを下さなければならない。それは死刑か、あるいはー。瑛庚は典刑の如翕、司刺の率由とともに議論を重ねていく。

 狩獺に面会した瑛庚の下した結論は、柳の未来を映すものだった。

 

□ 登場人物 

▫ 瑛庚(えいこう)

 主人公。柳の司刑(最高裁判官みたいなもの)。司法人の鑑のような人。如何なる極悪人でも情に流されることなく、法に則って判決を下すことを遵守しようとしている。死刑制度を復活させるかどうかの決断を迫られ悩む。

▫ 如翕(じょきゅう)

 典刑(罪に応じた罰を求める=検察みたいなもの?)。死刑制度に対して否定的。

▫ 率由(そつゆう)

 司刺(与えられる罰に対して減免を申し立てる=弁護士みたいなもの?)。死刑制度に対してはどちらかというと肯定的(ただし迷いはある)。

▫ 狩獺(しゅだつ)

 死刑制度について議論する切欠となった張本人。あらゆる残虐な手口で殺人を重ねていった。

▫ 蒲月(ほげつ)

 天官で仕える国官(位は低い)。瑛庚の孫にあたる。非常に優秀。祖父の立場を理解している。

▫ 淵雅(えんが)

 大司寇(法務大臣みたいなもの?)。劉王の太子。分を弁えない厄介な人。

▫ 知音(ちいん)

 司法。…何をする人なんだろう?王に謁見が許される身分みたいだが。瑛庚たちより位は高い。

▫ 清花

 瑛庚の妻(2人目)。夫の職業について理解していない。理より情が優先され、公私の境界を越えることも平気。

▫ 李理

 瑛庚と清花の娘。蒲月のことを「兄さま」と呼ぶ。

 

□ メモ

▫ 死刑制度

 この世界で死刑(殺刑)は一般的。

▫ 劉王

 120余年の治世が続く賢君。十二国でも随一の法治国家を築き上げており、かなり先進的な司法制度を敷いていた。…が、最近施政に興味を失ったような振舞いが増えてきている。

 

□ 感想

 死刑制度の是非について。登場人物たちが延々とそれについて議論している話でした。読んでいる私も頭がぐるぐるしてきました…。結局議論では答えは出ず、狩獺の言葉で裁きが下されたわけですが。瑛庚(たち)は天の意志に逆らえなかっただけだと思います。

 「風の万里  黎明の空」で傾いてきていることが明らかになった柳。この作品ではそれがより具体的に描かれています。国は王の心を映す鏡のようなものだと思いました。

 少しだけ触れられていた太子は登場したものの、劉王は登場しません。なので、劉王がどういった人物であるか何を考えているのかはわかりません。また、麒麟もまったく出てきません。国(というか王)に何が起こっているのか見えないところが余計に不気味に感じられました。

 

 

■■ 青条の蘭(雁/尚隆登極直後くらい)

 王不在の頃、山で起こった小さな異変。ある日標仲は幼馴染の包荒と1本の山毛欅(ぶな)が石のようになっているのを見つける。石化する山毛欅はその後増えていく。里の者たちは石化した山毛欅は用材として売ることが出来るため喜んでいたが、包荒はそれが山毛欅の疫病でこのまま進むと里が滅びると危機感を募らせる。

 事の重大性を理解した標仲は包荒とともに疫病を食い止める薬を探し始める。その後、猟木師の興慶の協力のもと薬草を見つける。青条と名付けたそれは非常に育て難い性質のもので、苗を作るのに何年もかかる。

 漸く手に入れた苗を増やすためには、新王に卵果を願ってもらうしかない。標仲は一人玄英宮へ向かうが、厳しい寒さと雪で道半ばで力尽きる(死んではいない)。苗は標仲の手を離れ、希望として幾人もの人々の手で引き継がれていく。

 

□ 登場人物

▫ 標仲

 主人公。地官迹人(野木に生ずる新しい草木や鳥獣を集める)。下級国官。

▫ 包荒

 標仲の幼馴染。山師(山野の保全をする)。山を愛する人

▫ 興慶

 包荒の知り合いの猟木師。

 

□ メモ

▫ 猟木師

 浮民(どこの国にも属さない者)。野木から役に立つ実りを見つけて殖やして生計を立てている。

▫ 地官遂人

 「新王によって任じられた地官遂人は話の分かる人物」→ 帷湍のことか?

▫ 災厄について

 王が玉座にいないことで災厄は起こるが、この場合王が玉座に就くことで災厄は収まる。一方、天が与えた災厄の場合は、対抗手段も天が与えてくれる。

 今回の山毛欅の疫病は王の不在とは関係がなく、天が与えたものなので、薬も天が与えてくれるのが道理となるらしい。

 

□ 感想

 王宮がとにかく遠い場所でした。青条の苗が希望の象徴として、色々な人によって繋がれていきます。たった一つの希望を他人の手に託すより他になかった標仲は、ただ願うことしかできず、それはどんなに不安だったでしょう。多くの人は今を生きるのに精いっぱいで、未来を見据える余裕がありません。でも、未来を諦めていない人々が、青条の苗を王宮へ届けます。この人たちの存在自体がこの国の希望だと思いました。

 そういえば、「雁」という言葉は一切使われていませんでしたね。過去作を読んでいれば分かるように手掛かりはありましたが。前に読んだときは、この時も久し振りすぎて 全然どこの国かわからなかった。

 

■■ 風信(慶/陽子登極前後)

 王の狂気じみた命令で、平穏な日常と大切な者たちをすべて奪われた蓮花。国から逃げる途中で王の崩御を知る。そして建州摂養の保章氏(暦をつくる)嘉慶に引き取られる。

 蓮花は変り者だらけの嘉慶の部下たちとも次第に打ち解け、彼らの手伝いをするようになる。そんな中新王即位の情報が入る。しかしその王は偽王との噂があるという。摂養では偽王とする側にやや傾いていた。ある日、蓮花がいつものように手伝いをしていると新王を支持する州師の襲撃に遭う。蓮花は外の世界を見ようとしていない(と蓮花は思っている)嘉慶たちに失望する。

 再び日常が戻りしばらくして、燕の雛がいつもより多く孵っていることを知る。それは新しい時代の始まりを伝えていた。蓮花はやっと家族を思って泣いた。

 

□ 登場人物

▫ 蓮花(れんか)

 主人公。ごく普通の少女。働き者。

▫ 嘉慶(かけい)

 保章氏。暦を作る仕事をしている。蓮花のことを見守っている。

▫ 清白

 嘉慶の部下。小太りで30前後くらい。天気や風の具合を見る(?)外の声が耳に入らないくらい没頭するタイプ。

▫ 支僑

 嘉慶の部下。痩せた背の高い40代半ばくらい。生き物や草木の様子を見る(?)ずれているが、穏やかで優しい性格。蓮花のことを気に掛けている。

▫ 酔臥

 嘉慶の部下。落ち着きのない小柄な老人。記録の整理をしている(?)

▫ 長向

 嘉慶たちの食事の用意をしている老人。蓮花の傍にいる人の中では一番ふつう。

 

□ メモ

▫ 範

 清白の使っている道具が範国製。自慢したくなるような代物であることからも、かなり高い技術をもった国であると思われる。

 

□ 感想

 再び慶の話。戦争(ちょっと違う)に巻き込まれる民間人の悲惨さが描かれていました。

 嘉慶たちと蓮花の距離感が心地よかったです。大きな心の傷を負った蓮花に対して慰めるでもなく、自然に接するだけ。外の世界の出来事にはあまり関心のない人たちですが、外の世界を拒絶しているわけではないので、不器用ながらもちゃんと気遣いもできる人たちです。どちらかというと、心を閉ざしていたのは蓮花の方だったのかな。最後の支僑の言葉は本当に優しくて温かいものでした。

 

■■ 雑感

 慶で始まり、慶で終わった短編集。どちらかというと「白銀の墟 玄の月 」に近い雰囲気。王宮から下界へと向かう構成が面白かったです。それに伴い王という存在がどんどん遠くなっていき、主人公もどんどん弱い立場へと移っていきます。本当に民にとっては天の神様で、王が道を踏み外すことは自然災害みたいなものだと思いました。

 1話目の「丕緒の鳥」では陽子が少しだけ登場します。そして、丕緒にとって王はまだ顔の見える存在でした。2話目の「落照の獄」では劉王の存在は語られますが、その表情は見えません。3話目の「青条の蘭」では延王の為人は噂程度。4話目「風信」に至っては王が本当に玉座にいるのかどうかも怪しいレベルです。

 全体的に被支配階級の者たちの視点で語られているため、余計に王の責任の重さが感じられました。これまで以上に予王の時代の悲惨さが描かれていて、王の意志ひとつで国が動いてしまうこの世界は本当に恐ろしいと思います。

 あと、所謂「民衆」の弱さや愚かさ。国を支えているのは大部分のこの人たちなわけですが、国が不安定だと彼ら自身でいっそう国を傾けていきそう。

 今回麒麟はほとんど登場しません。王を選ぶだけで、王が道を誤ってもそれを止めるための枷にはならないということがよく分かりました。おそらく初めから王としてどうなんだみたいな慶の女王たちは、いったいどういう基準で王気を見出されたんでしょう。また、途中まではちゃんと国を治めていた王たちはどうして道を踏み外すのでしょう。不思議な「天」の理によって動くこの世界は謎だらけです。

 この先の作品でもこの世界のシステムについて色々出てくるので、一通り読み終わってからもう一度考えてみたいと思います。ただ、今後描かれるかどうかはわかりませんが、「天」の正体がわかってしまうのも恐いような気がします。